100歳のお誕生日〜〜♪ ♪ ♪ 5・1

今日は5月1日。
大正9年5月1日生まれのkao父の満100歳の誕生日〜〜^0^v
市からは金一封と胡蝶蘭、国からは金杯が送られるそう。
施設ではみんなでお祝いをしてくださると。
80歳から認知が始まってはいたけど内臓がどこも悪くないので元気元気〜^^
退職してからずーーーーっと電車の定期買っては毎晩飲みに町に出かけてた父だった。
孫たちが「5時からじいちゃん」と呼んでいた。
夕方5時になるといそいそと出かけていくじいちゃんだから〜〜笑

なんとかデーサービスに行って人と会話することで認知のペースを遅らせられないかといっしょに何箇所かの施設を見学。
でも・・・「また年とったら来ますわ〜」っと。
背筋もしゃんとして大股でさっさと歩ける自分は「年寄り」ではないと思ってたみたいだ。
娘に「お母さんはワシをこんなところに入れるつもりなんか?」と言ったという。
老人ホームに入れられると思ってたみたいだ。
「おじいちゃんがいろんな趣味やって元気でいてほしいからだよ」って話してくれたが納得してくれなかった。
kunちゃんの「親父さん、老人会と同じようなとこですよ〜僕でも行きたいくらい〜」っていう一言でやっとデーサービスに同意〜〜^^
それからは週2〜3回のデーサービスに元気に出かけてくれていた。
じいちゃんの専用席の「助手席」に飛び乗って。笑
8年前、どうしても二人の介護は無理なので父に介護付き高齢者住宅に入ってもらうことに。
苦渋の選択・・・悩んでたら娘に「二人介護は到底無理なんだし、おじいちゃんとお父さん天秤にかけたら、やっぱ優先はお父さんやろ。おじいちゃんはもう90年以上元気に生きてきてるから我慢してもらうしかしょうがないのと違う・・・」で背中を押された。
あれから8年の歳月が過ぎた・・・2年前ぐらいからは私と妹の顔を見ても「どちらさんでっしゃろ?」「どなたさんか知りませんが、よう遠いところを来てくれましたな」レベルだ。
「お父さん、娘の顔忘れたらあかんやん。こんなババアは娘じゃないっておもってるんやろ?」っていうと大声で笑ってた〜^^
現に私の娘を自分の娘だと言い張っていたから〜^笑^
数年前に骨折しても復活、2年前は肺に水が溜まって〜〜それでも復活。
今年新年早々転んで尾骶骨複雑骨折で車椅子に〜〜もう寝たきりかなぁ〜っと思ったが今は車椅子忘れて歩き始めてると。
自分の父親ながらすごい人だなぁと思う。笑
ここまで来たんだからなんとか無事100歳のお誕生日は迎えてほしい〜っという思いも達成してくれた〜〜〜おめでとう!
コロナ騒動で高齢者施設はピリピリで面会いけないけど〜
よくがんばりました!
一昨年「お父さん、もう1年したら100歳だよー」っていうと「誰がや??」
「お父さんが100歳になるんよー」
「へええ〜ワシそないに生きとんか〜えらい長生きしとんやなぁ〜100歳か〜〜えらいこっちゃな〜」
「ここまできたんやから、せっかくやから100歳になるまでがんばろうね」
「そうか〜ほな頑張らなあかんな〜。よっしゃ〜がんばるわ〜」
父娘漫才??  笑
どんなに頑張っても100歳迎えられない人も多い中、父は本当に幸せ者〜〜♪
本人の中では年齢は、母が亡くなった時の66歳で止まってるみたいなので100歳になった実感はないみたいだけど。w
母は入退院を繰り返す中、「お父さんより2分でも5分でも遅く死にたい」と言い続けていた。
今、「私が父を見送らねば・・・」と思う。
でも、こればっかりはどうにもならない。
今はただただ父が天寿を全うしてくれることを願うしかない。
どっちが早いか、もう父娘どっちもが同じスタートラインに立ってると思う今日この頃〜〜^^

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