「16病院受け入れ拒否。搬送に2時間、66才急患男性死亡」
朝刊の見出しに、白抜きの大きな文字が躍っていた。
午前零時の出来事だったという・・・・
救急搬送では各地で医療機関の受け入れ拒否で亡くなるケースが相次ぎ、社会問題になっている。
でも・・・どこかで、他の県の出来事。。。っと思うところがあった。
しかし、今回は一番身近な自分のまわりで、しかも受け入れ拒否の病院もよく使っていたり、名前を聞いたことのある病院が半数。
おまけに・・・去年kunちゃんが緊急手術をして頂き入院してた病院も含まれていた。
「ええっー!・・・○○病院も「満床」って言う理由で断ってるよー」
朝食を食べながら思わず大声を出してしまった・・・・・
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去年の9月25日午前零時過ぎ、2回目の「吐き気」が襲い、病院で頂いていたニトロを何錠か飲んだがおさまらず、「同じ症状が起こったら必ず市内の大きな病院に行って下さい」ってアドバイスを受けていたので夜間受け入れのある○○病院に電話した。
症状を話したら、当直が内科の医師なので尋ねてくるから待っててほしいと。。。。。。待つ時間の長かったこと。。。。
医師が診てみましょうと言われてるので来て下さいと言われ、長男の運転で深夜2時半病院到着。
kunちゃんは「吐き気で気持ち悪い」症状で、ちゃんと一人で歩いて車に乗り、病院に着いても一人で歩いて救急診察室まで行った。
当直の内科医から「検査をしてみましたら、心筋梗塞の疑いがありますので、今循環器の医師を呼んでいますのでしばらくお待ち下さい」と言われ・・・1時間半後の4時、「入って下さい」っと呼ばれた。
循環器の医師から「冠動脈が閉塞している可能性がありますので、大至急冠動脈拡張手術をおこないます」っと告げられ、サインをして、午前4時、真夜中に10数名のスタッフによる緊急手術が始まった。
照明灯だけが灯る真夜中の病院の手術室の廊下の椅子で、ただただ頭真っ白で待ってた2時間のことは、今でも夢の中の出来事だったのか・・・っと思う・・・・
あとで医師から「あと1時間遅かったら・・・ダメだったかも・・」って言われた時は、ほんとに命があって良かった!! っと心から思った・・・
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今朝の受け入れ拒否で亡くなられた男性は救急車が到着した時は意識もあり会話もできたという。
午前零時過ぎに「意識がぼんやりしていて、目がうつろで血を吐いた」っという家族からの電話で救急車が出たらしい。
救急車に乗せ、自宅近くで救急車を待機させながら受け入れ先の病院を探し、市内16の病院に拒否され、やっと市外の受け入れてくれる病院が決まり出発したのが午前1時20分・・・
救急車の中で出血多量で心肺停止になり30分後に受け入れ病院到着したが午前2時17分死亡が確認されたのだと・・・・
「あと1時間遅かったらダメでしたよ」・・・・kunちゃんを最初に救急でみてくださった内科の医師の言葉と「搬送に2時間、死亡」の朝刊の見出しが重なって・・・なんとも言えない重い気持ちになってしまった・・・
受け入れ先が決まらず、救急車の中でだんだん容態が悪くなっていく男性を見守るご家族の気持ちを思うと人事でなく・・・やるせない・・・
個人で電話したほうが受け入れてもらえるのかなぁ・・・・
kunちゃんの時も救急車を・・・っとも思ったが、本人が話せるし、歩けるし・・これで救急車呼んだら申し訳ないか・・っと電話帳をくって「夜間受け入れ」の病院を探した。
○○病院なら会社からも近いし、もし通院になっても近い方がいいか〜でまず○○病院に電話したのだった。
担当医が内科医なので・・・っと言われたが、夕方に緊急で飛び込んだ医師の話もしてお願いしたら「診てみますからいらして下さい〜」ってご返事を頂いた。
今回受け入れ要請をした病院は20件、拒否の理由が「専門外」5件、「処置中」5件、「満床」4件、「処置困難」4件、「電話応答なし」2件・・・・
「専門外」は「当直に専門医がいない」
1病院には2回要請。
kunちゃんの時も「当直に専門医はいない」状態だったのに、すぐに電話をして専門医が1時間後に駆けつけてくださって、その間にスタッフも集められ手術の準備も平行しておこなわれていたようだ。
病院に電話するときも、「救急車で運び込まれる方が優先されるかなぁ・・・・」っと個人で電話をかけるのとどっちが病院の対応が迅速だろうと悩んだ。
やはり「公」の機関の救急車が優先だろうなぁ・・でも・・・しゃべれるし、歩けるし・・ただ気分が悪いだけで救急車を使うのは申し訳ないし・・・・・まっ、いっか・・・っと。
この時点で、kaoもkunちゃんの身体がそこまで緊急事態だとは心底理解してなく・・・医者大嫌いkunちゃんが「病院に行こうか・・」って言ったことで「おおー、これは大変なことかも・・」ぐらいの認識だった。
あの時、kunちゃんが「もう少し我慢してみるか・・」っと言ってたら・・・病院に「当直は内科医ですので無理です」っと断られてたら・・・・思うと今さらながらぞっとする。
kunちゃんの場合は何もかもに「幸運」が重なったとはいえ・・・・・今回の出来事を「運が悪い」ですませていいのだろうか・・・・・
病院の事情、医師の確保の現状・・・・もろもろを考えると病院ばかりを責める事も出来ない。
夜中の2時に緊急手術に呼び出され、2時間余り、担当医の手術をサポートして下さった10数名のスタッフの方々・・・大動脈からのカテーテル手術のため部分麻酔のkunちゃんはみんな見えて、話声もすべて聞こえていたという。
手術後開口一番「真夜中にあれだけのスタッフを集めて手術をするって、すごいなぁ。。。」っと感心していたから。
運び込まれた緊急患者にどれだけの多くの方のサポートが必要か・・・・それを目の当たりにしてきた者にとっては・・・今回の出来事は、なんとも言えない複雑な思いが・・・残った・・・
助かる命、助けられる命、助けられた命、助かった命・・・・
「もう少し早ければ」助けられた命・・・助かった命・・・・
それが、その人の持ってる「運」というのだろうか・・・・・
運・・・運命・・・・
人の運命は・・・・生まれた時にちゃんと死ぬ日時もわかっているのだという。
「「自分の死ぬ日」を知らされないから、人間って頑張れるし、生きられるんや」母がよく言っていた。
それを思うと、「死の告知」はものすごく残酷なことなのかも・・・・
生まれてすぐに亡くなった赤ちゃん・・・それも、その子の運命・・・
十代で亡くなった人も・・・50代、60代で亡くなる人も、その人のそれが決められた「人生」・・・な・・のか・・・
そう思えば、生きてるモノは少しは気持ちが楽になる・・・・・
ただ・・・・それだけ・・・・
「運」「運命」の言葉は。。。。残されたモノたち、出来事にかかわったモノたちの心をすこーし軽くしてくれる大切な言葉なのかも・・・