母の終の棲家は・・・  7/23

母のお墓のお掃除に行った。
ココはkaoの「ボチ・フィールド」〜〜^^
30年余り前、母が母の母親の出里の墓地にお墓を移した時は、まだ小高い里山の斜面にお墓が並ぶ小さな墓地だった。
横に地域の小さな火葬場が併設されてるだけの、ほんとに何もないところだった。
選んだ墓地は山斜面の中腹(当時はそこが墓地の一番上)、ロケーション抜群、頭上には大きな桜の木が2本あり、満開の桜の時期はお花見に孫を連れてお弁当持って来るんだ〜っと張り切っていた。
だが・・・後半は病の問屋になった母がこの急な山道を上ることもないまま、自分がその中に居住することになった・・・・
それから22年・・・・墓地の山にはトンネルが掘られバイバスが走る。
静かな里山の風景の中に長くのびたバイバスが加わった。
このバイバスのお陰で、自宅から電車で市内に出てバスに乗り継いで1時間半かかり、車でも一般道で30分かかっていたのが、10分ちょっとで来れるようになった。
16年前、43才の時に免許をとってはじめて母の墓地まで運転してきたとき、
「こんなに近かったの〜〜@@」が第一声だった。
15分間の運転で手には汗、手・腕がしびれて・・・肩がかちかちに凝って・・・・・キンチョウの高速道路はじめてのお出かけだった・・・笑
ずーーーっとkunちゃん運転か親戚の人の車でしか来れなかった母の墓地に、まさか自分の運転で来れるようになるなって、自分でも信じられなかった。
しかも・・・大きなキャラバン・ワゴン車をkaoが運転してるなんて〜〜
「私・・・ほんまに運転してるんやろか・・・・夢ちゃうやろか・・」
運転中も、時々ふ〜〜っと夢の中に・・・・怖;;;;;;
おそらく母の方がびっくらこいて、お墓の中でひっくり返っていただろうと・・推測する・・・笑
数年前、小さな小屋のような火葬場が取り壊され、大きなセレモニーホールが建設された。
それにともなって、古い無縁仏が回収され、次々と新しい墓地で山斜面は埋まっていった。
うちの墓地の横も上も、その上も・・・山斜面がどんどん墓地になって、まだまだ上に進行形だ。
そして・・・・昨年、母のお気に入りだった桜の大木が一本切り倒されてしまった・・・・・
大きく茂った桜の大木は春は満開の桜、真夏は日陰を作って母の墓地を優しく包んでくれていたのに・・・・
自然いっぱいだったここもだんだんと墓地団地になっていく運命なのか・・・
22年の歳月は、母の終の棲家のロケーションも大きくかえてしまった。
今・・母は何思う・・・・