お墓参り〜〜

義母が逝ってはや1年・・・・お墓参りをするため、11日の最終の新幹線で横浜に行った。
12日の夜に娘が東北からやってきてkun 実家で合流、13日に3人でお墓にいった。
谷中の墓地公園の中にお墓はある。
広大な墓地公園、いつも車で行ってたが、今回ははじめて電車でいった。
相当歩くと覚悟をしてたが、電車下りて案外近くびっくり〜
子供達も小さいときに何度か連れてきたが、あまり記憶に残ってないらしい。
型にはまったことをしないで、みんなそれぞれが行きたいとき、行ける時に行けばいい〜っとみんなで決めた。
「おとうさーん、おかあさーん、きたよーー^0^」
「また来るね〜^^」
お姉さん一家がお花お供えして下さってたので、手を合わせて帰ってきた・・・笑
わずか30分ばかりの墓地滞在・・・笑
「ん? おれ、手合わせなかったっけ?」kun  (^_^;);;
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今、kunちゃんはネットから無料ソフトを引っ張り出してきて「家系図」を書き込んでいる。
今回両親の原戸籍を見る機会を得て、はじめて知ること、誰も知らないこと、親から聞かされてなかったこと〜〜が多く、へええ〜〜ッと驚くこともいっぱいあった。
部屋の整理をして出てきたアルバムから、両親の「昔」を知れば知るほど、そのずーっと先、自分たちのご先祖様を知りたくなった〜〜^^
「天保○○年」「安永○○年」「寛文○○年」「享保○○年」「元文○○年」「明和・・」「安永・・」「文化・・」「寛政・・」「天明・・」・・仏壇の奥にちぎれそうになったボロボロの「書き物」に書かれたここに眠るご先祖様達の戒名・・・・聞いたことないような年号が並ぶ・・・これっていつなんだろう? タイムスリップ〜〜なんか不思議な思いがした。
由緒正しきお家柄でない「一介の平民」の我々にも、脈々と繋がってきた家系図がある。
もう、それを語ってくれるヒトはほとんどいなくなってしまった。
今わかるトコまででも残しておいてもいいかもしれないな〜っとkunちゃんは半分好奇心でやりはじめている。
今度、kao両親の原戸籍も取り寄せてみても面白いかもしれない。
自分のルーツを知ることで、今生きてる自分の存在に感謝を感じるいい機会かもしれない〜
それは、子供達、孫、ひ孫・・・っとこれからも延々と続いていくこと。
それぞれの世代が、それぞれの感性で”自分たちが生きてる証”をフッと立ち止まって思いふける時間も大切なことかもしれないなぁ〜っと思う。
形式だけのお祭り事、世間がやるからやらなければ・・・・っていう供養は好きでない。
自分たち家族にあった、自分たちのポリシーにあった供養・・・それでいいと思う。
義父を、義母を、母を、祖母を・・・・そっと思い出し、みんなで思い出を語ること・・・それで十分だと・・・
その中で、義母の「お母さん」ってどんな方だったのかな〜〜
義父の両親ってどんな方だったんだろう〜〜
私の「おじいちゃん」ってどんな人だったのかなぁ・・・
そうやって母や義母が何かの会話の中にポツリ〜っと漏らしてくれた短い思い出の糸をたぐり寄せる・・・
それをまた、子供達にポツリと話す・・・・その記憶がまた次の世代につながっていく・・・・
たとえ繋がらずにそこで終わっても、それはそれでいいのでは・・っと。
時代が変わり・・世代が代わり・・・記憶がとぎれ・・・忘れられていく・・・それが自然の流れ・・・・
ちなみに・・・kun&kao夫婦はお墓には入らない。
山の尾根の辺りに散骨してほしいと子供達に頼んでいる・・・
最後は山の土にかえりたい・・・・自然の中で眠りたい・・・
お経も、お花も何もいらない・・・・
誰も来なくていい・・・
山小屋とともに、静かに・・永遠に・・山の中で朽ち果てていければ、それでいい。
たまに「けったいな夫婦」がいたことを思い出してもらえるなら、それはそれでいい・・・
供養とは、みんなそれぞれの「こころ」の中にあるものだと思っている・・・