日曜日朝8時に待ち合わせて、お弁当買ってM市と隣接のY町まで軽トラ2台併走して1時間半。
雑木林を伐採して、桧の植林をしてる山に到着。
20年前までは松茸がいっぱいでるいい松茸山だった山・・・・・
雑木がばっさり切られ・・丸坊主になっていた。
緩やかな勾配の、まるで高原のような、丘のような山並みにポツンポツンと赤松の木だけが申し訳程度に残っている。
切り倒された雑木の枝は「土留め」として山斜面に模様のように残る。
その土留めと土留めの間に、5年生の桧の苗が植えられていた。
荒れた植林の山を雑木林に戻そうという運動が全国的に広がっているこの時代に、どうしてまた植林なのか・・・
松茸山も衰退し、役に立たない雑木山ばかりでは町が潤わない。賛否両論はあっても、使える資源の木材がほしい〜と町の決議で5年前から町有財産の雑木山を桧の山に変えているのだという。
雑木林の土地を探してもチャンスに恵まれず、仕方なく植林の杉林のど真ん中に山小屋作りを始めたモノにとっては、「雑木林」はずーーっと憧れだった。
四季を感じられる雑木林〜〜♪
木漏れ日の雑木林〜〜♪
冬の落ち葉に暖かなお日様のかおり〜〜♪
雑木の中で息づくたくさんの生き物の命〜〜♪
日中も太陽の恩恵からほど遠く、薄暗い杉林の下には日陰の草花しか生えず。生き物たちも少ない植林の山からみれば、雑木林は天国だ〜〜
高齢化・木材価格の暴落・・・で手入れのされなくなった植林の杉・桧の山々はただただ荒れるばかりになっている。
今、どうして世の中に逆行するような植林をされるのか・・・
休日なのに作業をされてる伐採植林を請け負った方に尋ねてみた。
「植林することはよくないかもわからん。けど、手入れのされない雑木の荒れ山にしておくぐらいやったら、まだ植林しておいた方がええんかなぁ・・・40年先のことは、もうワシらにはわからんからなぁ。。。」
うちの山そばで、ある町の人が、伐採されたはげ山を買い、桜・モミジ・唐松・・etcをせっせと植林されていた。
「こげなことしたら、ますます山が荒れる」。。。村の老人が一言冷たくいわれた。
その時は「なんで?」っと老人の言葉の意味がわからなかった。
素晴らしいことだと思っていたから・・・
この日、木こりさんも老人と同じことを言った。
植林の山も、雑木林も、結局は人の手がはいって、きちんと手入れされなければ「荒れ山」ということか・・・・
40年前、御上の奨励によって、雑木を杉・桧の山に変えていった村の人々。
切り立った山斜面の、「よくもまぁ、こんなとこまで!!!」っとびっくりするような山にまで杉・桧が植林されている。
籠に苗木をしょって、手弁当で何時間もかけて山斜面に這い蹲ってコツコツの植えられた人達の苦労が目に見えるようで、青々とした山並みを見る度にため息が出る。
40年後、50年後、孫子の代には、必ず豊かな暮らしが待っている〜っと、ただそれだけを希望に、泥と汗にまみれて必死に植林された村のお年寄り達・・・
そして・・・40年後・・・二束三文になった荒れた山々が残った。
手入れをするために出費だけが出ていく山・・
「40年前、もうかったのは”苗屋”だけや〜〜」・・・っとある人は言う。
「山も畑も、息子や孫に残してやったら可哀想や・・・・」村のお年寄りの言葉が、見下ろす緑の山々と重なって・・・・辛くなる・・・
ぽっかぽっかと暖かい春の日差しの中、切り倒され土留めになって横たわる雑木と、植えられた30㎝の桧の苗の間でお弁当を食べる。
40年後、世の中がどうなっているか・・・だれもわからない。
ただ一つだけわかっていること。
それは、この30㎝の5年生の桧の苗が、いっぱいのお日様の恵みを受けて、確実に大きく太く育って、この広いはげ山は、青々とした桧の森になっていること〜〜
間伐・枝払いがきちんとされた、下草に太陽がいっぱい差し込む「美しい桧の森」に育ってほしい・・・
この小さな苗木が、40年後に大切な資源として町の役に立てる桧に育ってほしい・・・